貧富の格差
貧富の格差が問題として認識されるようになってから決して短くない時間が経過したと思います。フランス人経済学者のトマ・ピケティ氏の来日に伴い、日本では「21世紀の資本」が注目を集めました。ピケティ氏の研究は極めて知名度が高いので、詳細な説明は割愛しますが、彼の主張は「r>g」の不等式に集約されます。この不等式の解釈を簡潔に言えば、「お金がお金を稼ぐスピードが、人間が働いてお金を稼ぐスピードを上回っている」というものです。
ピケティ氏は膨大なデータを解析し、この結論を証明しましたが、この結論は疑う余地がないと思います。
極めて単純化すると、「投資利回りが7%の資産運用」と「成長率2%の経済下における労働」の資産の増え方を比較すれば一目瞭然です。
1年目 2年目 3年目 4年目・・・
資産運用 1 1.07 1.14 1.23 ・・・
労 働 1 1.02 1.04 1.08 ・・・
1980年代より世界が経済発展を遂げる長い期間において、この差はどんどん広がりました。
ウィキメディア・コモンズより引用
見ての通り「アメリカ全国民が得る所得の内、20%以上の富を上位1%の人が得ている」という事実を読み取れます。
これと同じことが、アメリカだけでなく欧州や中国、韓国でも起きています。
ではなぜお金がお金を稼ぐ力がこんなにも大きくなったのか。
様々な原因が複雑に絡み合う現代において、格差の拡大に特に大きく影響した原因は何か。そして日本においてこれからは格差がさらに広がって行くのか。これらの問題について考えて見たいと思います。
格差の拡大に特に大きく影響した要因は3つあると思います。
①金融緩和による景気対策
②IT技術の発達
③経済のグローバル化
1987年8月、時の大統領ロナルド・レーガンの指名によりアラン・グリーンスパンが連邦準備制度理事会(FRB)議長となりました。グリーンスパンは就任2ヶ月後に訪れるブラックマンデーを見事に乗り越え、その後2006年1月末までFRB議長として米国経済を繁栄へと導きます。言葉巧みに市場を操作し、拙速に金融政策を展開したその鮮やかな手法を称えて、人々は彼を「マエストロ」と呼びました。
一方でリーマンショック以降、その原因となった住宅バブルを生みだし、また格差を拡大させたのはレーガン大統領のレーガノミクスとグリーンスパンの長期にわたる金融緩和だと指摘する声も強くなりました。
レーガン大統領がとった、トリクルダウン理論に基づいた一連の自由主義経済政策(レーガノミクス)は「富裕層がさらに裕福になれば、経済が活性化し、その下の所得層へと富が滴り落ちる。やがてこの滴り効果は貧困層へと届き、国民全体が裕福になる。」という考えを前提としています。
しかし、このトリクルダウン理論は人間の強欲さという決定的要素を見落としていました。
人間の欲は計り知れないもので、実際はお金の供給に劣らぬ勢いで富裕層の盃が大きくなりました。市場に供給されたお金を独占し、投資をすることによってさらに富を増やしていったのです。
結果、レーガン大統領の政策によってアメリカ経済の規模は拡大したものの、国家としては双子の赤字を抱える事になり、また格差の拡大に火をつける事となりました。
その火にさらに油を注いだのが、グリーンスパンFRB議長です。
ドットコムバブルの崩壊、9・11テロ事件、LTCMの経営危機・・・
次々とアメリカ経済に降りかかる危機に、グリーンスパンは再三にわたる金利の引き下げで対応します。
1989年に10%程度だった金利を下げ、1991年の12月には4%程度になります。当時のアメリカでは金利が急激に低下し、歴史的な低水準まで達した事に市場が反応し、軟化していた経済は好調へと転じます。
低金利下では企業も個人もお金を借りやすくなり、市場に流れるお金の量はとてつもない勢いで増えました。市場は超金余り状態となり、後の金融危機へと繋がっていくのです。
時を同じくして、IT技術が爆発的な進歩を遂げ、多くの人はスマートフォン一つで世界のどこでも仕事ができるようになりました。通信トラフィック量も劇的に増え、電話会議システム、クラウド技術などにより経済のグローバル化にさらに拍車がかかります。日本の主婦がインターネットを通してFX取引をし、大量の投資マネーがアメリカに流れ込む「ミセスワタナベ」現象といったような事もありました。
金融緩和で市場に流れ出た資金を囲い込み急激に裕福になった富裕層、グローバル化が進み密接なつながりを持つようになった世界経済、投資をはじめ世界のどこにいても同様に仕事をする事を可能にしたITの発展、これら3つ現象が複雑に絡み合い、新たに生み出した現象、それは「国家間の富裕層獲得競争」です。
富を得た富裕層は下の層へ資金を流さないどころか、次々とより税金が安い国、タックスヘイブンへ移住するようになります。
産業の規模が小さく、社会のインフラの維持に大きな金額を必要としない国では、所得税や住民税などの税金は日本の1/3程度、投資から得られる配当や値上がりによる売買益は非課税など低い税率を武器に世界から富裕層を集めています。
世界のどこにいても富を生み出せる富裕層にとってはとても魅力的です。
富を得た富裕層はタックスヘイブンへと移住し、アメリカや日本の中間所得層よりも低い税率でしか徴税されません。
資本収益によって経済成長以上の収益を上げ、国際間の税率の差を利用して中間所得層以下の税金を払う。格差はますます広がりました。
この海外の流れを今日の日本の状況に照らし合わせて見ると、日本のこれからが見えてきます。
アベノミクスの第一の矢である、大胆な金融政策が実施され、過去に2回の黒田バズーカが発動されました。これはゼロ金利に加え、中央銀行が国債を大量に購入する事によって市場にお金を供給する、グリーンスパン時代をも超える金融緩和です。市場に流れるお金の量は間違いなく増えるでしょう。
このお金が果たして庶民に行き渡るのか・・・海外の歴史を見ていると僕にはとてもそうは思えません。日本はもはや製造業を中心に立国している国ではなく、投資立国へと徐々に変化しています。製品の輸出など取引を通して得られる貿易収支は11兆円の赤字であるのに対し、所得収支が18兆円の黒字である事が何よりもその事を物語っています。
企業の成長は国内の産業や雇用の発展に寄与する度合いが低くなります。
一方で現在、日本の所得税の最高税率は40%です。投資によって得た収益に対しては20%が課税されます。現在日本には投資可能資産が1億円以上の富裕層が200万人弱いると言われており、この富裕層の海外移住の動きは既に始まっています。以前、シンクタンクに勤めている友人と話していたところ、シンガポールなどの国への富裕層の流出で、日本が失う税収は390億円にも昇ると言っていました。
法人税の改定によって企業経営者、役員など富裕層に入る人は増えると思います。新たに富裕層になる人の中でも海外へ移住する人はさらに増えるでしょう。
日本の格差はこれから広がるだろうと僕は思います。
この格差が広がるという事がいいのか、悪いのか・・・・・僕にとってはどうでもいい事です。海外ではピケティがこの流れを変えるよう警告を出していて、日本でも反アベノミクスの論者は格差を理由にしています。
しかし、僕にとってあるいは僕が関わる人たちにとって、もっと大事なのはこの流れを前提に自分が打つ次の一手を決める事にあると思います。
r>gの社会で頑張って働いてきたのに貧乏なお年寄りはかわいそうだとか、20代の若者は収入が少なくて対応しなくてはいけないだという主張がありますが、少なくとも日本においては、今貧しい暮らしをしている高齢者の多くはバブル時代に得た収入でrの収益を得るチャンスがあったでしょうし、僕の知り合いにはかつてフリーターで月々の手取りが13万円でも毎月4万円を貯蓄に回していた人がいます。彼はその後、ためたお金で投資を始め、資産を築きました。今は仲間何人かで資産運用や家計の収支改善のノウハウを指導する法人を立ち上げ、多くの人に指導をしています。
この時代に日本に生まれ、日本で育つという事はとてもラッキーな事です。一見、目の前の生活が苦しくても、自分の向き合い方次第ではチャンスに満ちている社会です。時代が悪い、世の中が悪いといった主張をする事は評論家に任せて、チャンスをものにする為に次の一手を考え続けたいものです。